相続放棄の期間と範囲

相続放棄の期間と範囲

相続放棄のできる期間

相続放棄や限定承認が行える期間である、自己のために相続が開始したことを知ったときから3ヶ月(この3ヶ月の期間を「熟慮期間」といいます。)の起算点である「自己のために相続が開始したことを知ったとき」とは、単に相続開始の原因たる事実を知った時ではなく、自己が相続人となったことを覚知した時とされています。(大判大15.8.3)

死亡した人(被相続人)と相続人との関係が夫婦や親子関係の場合、通常、被相続人が死亡した日に死亡した事実を知り、自分が相続人であることは分かっているため、この場合、死亡した日から相続放棄や限定承認が出来る期間が進行することとなります。
また、先順位の相続人がすべて相続放棄をしたため次順位の者が相続人となった場合には、原則として、「先順位の相続人全員が相続放棄をした事実を知った日」が相続放棄や限定承認が出来る期間が進行することとなります。

よく相談を受ける事例として、被相続人が同居している家族に黙って借金をしていたり、他人の連帯保証人になっていたりしていた場合に、被相続人が死亡してから3ヶ月以上たってから、相続人が、被相続人の債権者から請求通知を受けて驚くということがあります。また、同居していない家族や親族等の場合には、相続人が、被相続人が負っていた借金を全て把握している方がむしろ少ないでしょう。

債権回収会社の中には、わざわざ熟慮期間の3ヶ月が過ぎるのを待って相続人に債務の弁済を請求しているのではないかと思われるケースもあります。ではこのような場合には、相続人は、相続放棄は出来ないのでしょうか?

この点について、最高裁判所は、以下のような判断を下しました。

相続放棄の熟慮期間は、原則として、相続人が自己が相続人となったことを覚知した時から起算するが、例外として、相続人が3ヶ月以内に相続放棄等をしなかったのが、「相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続に対し相続財産の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには」、熟慮期間は、「相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算すべきものと解するのが相当である。」

熟慮期間の起算点については、従来から、

① 相続人が自己が相続人となったことを覚知した時から起算するとする見解と、
② 相続財産の中に債務があることを知った時から起算するとする見解がありました。

最高裁は、このうち①の見解を原則としつつ一定の場合に例外を認めるという折衷的な見解を採用したことになります。
注意しなければならないのは、最高裁が例外を認める場合でも、「相続財産が全く存在していないと信じたため」とか、「相続財産の全部又は一部の存在を認識した時」としており、「相続債務」とはしていないことです。従って、最高裁の判断を厳格に解釈すると、積極財産の存在を認識していれば、相続債務の存在を認識していなくても熟慮期間は進行するということになります(厳格説)。これに対して、最高裁がいう例外の場合は、相続債務の全部又は一部の存在を認識した場合をいうと解釈すれば、先の②説に近い結果となります(緩和説)。

家庭裁判所の実務としては、比較的緩やかに相続放棄の申述を受理し、これに不満のある債権者には後に相続放棄の無効を争わせるのが妥当だという見解があるようです。しかし、実際には相続放棄の申述が不受理となり、最高裁への許可抗告も却下されたという事例もあるようです。いずれにしても非常に難しい問題となってきますので、このような場合には、ご自身で勝手に判断せずに、一度相続放棄の専門家である当事務所にご相談ください。

熟慮期間の伸長

相続放棄や限定承認が行える期間である、自己のために相続が開始したことを知ったときから3ヶ月(この3ヶ月の期間を「熟慮期間」といいます。)の期間は、 例外的に家庭裁判所の審判によって伸長することができます。
期間の伸長は、 3ヶ月の期間だけでは、 相続の承認や放棄の判断をするための相続財産の調査ができない場合に認められます。
具体的には、 相続財産の種類、複雑性、評価の困難性、所在地に加え、限定承認を行う上での共同相続人全員の協議期間及び財産目録の調製期間などの諸事情が考慮されることになります。

なお、熟慮期間伸長の申立ては、熟慮期間内に行わなければならず、 期間経過後の申立ては許されないことに注意する必要があります。

相続放棄の申述が出来る人

相続放棄の申述をすることができる人は、相続人か、その法定代理人に限られています。

1.相続人の相続放棄

相続人は、相続放棄の申述をすることができます。相続放棄の効果として、申述した方はその相続に関して初めから相続人にならなかったものとして扱われます。したがって、代襲相続原因とはなりません。
第二順位相続人である直系尊属や第三順位相続人の兄弟姉妹は、先順位の相続人全員が不存在あるいは相続放棄をしたときに初めて、相続放棄ができる相続人となります。

2.法定代理人が行う相続放棄

相続放棄は財産上の行為なので、相続放棄の申述を有効にするためには、その相続人が法律行為能力を備えていることが必要となります。したがって、行為無能力者や制限行為能力者は、単独で有効な相続放棄の申述をすることができません。
具体的にいえば、相続人が未成年者・成年被後見人であるときには、法定代理人(親権者・未成年後見人・成年被後見人)が代理して相続放棄の申述をすることとなります。また、被保佐人が相続放棄をする場合には保佐人の同意が必要となり、被補助人が行う場合には、審判において補助人に付与された代理権・同意権の内容に従い行わなければなりません。

3.胎児の相続放棄

胎児は、相続については出生した者とみなされます。したがって、相続放棄をすることができるのですが、出生により遡って主体となるため、出生前(胎児の間)は相続放棄の申述をすることができません。したがって、胎児については、出生後に熟慮期間の起算が開始されることとなります。

4.包括受遺者の相続放棄

包括受遺者とは、遺産の全部またはこれに対する一定の割合の遺贈を受けた者のことで、包括遺贈の受遺者のことを言います。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有すると法律上定められています(民法第990条)。したがって、自己のために包括遺贈があったことを知った日から3カ月以内であれば相続放棄の申述ができます。